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東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)2012号 決定

判  決

神奈川県大磯町東小磯一三七番地

債権者

山崎海弘

右訴訟代理人弁護士

名川保男

水谷昭

岩村辰次郎

岩村隆弘

東京都台東区浅草北清島町一五〇番地

債務者

山田日真

右同

債務者

望月垣匡

右両名訴訟代理人弁護士

松島邦夫

小屋敏一

右当事者間の昭和三四年(ヨ)第二〇一〇号、同第二〇一二号職務執行停止仮処分申請事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

債権者の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

第一  債権者の主張

(申立)

債権者訴訟代理人は、「本案判決の確定に至るまで、債務者山田の日蓮宗管長としての職務の執行を、また債務者望月の日蓮宗代表役員及び宗務総長としての職務の執行をそれぞれ停止する右停止期間中代行者を選任する。」との判決を求め、その理由を次のとおり述べた。

(申請理由)

一  債権者は、日蓮宗に包括される宗教法人妙昌寺の代表役員たる住職である。

二  債務者山田は、昭和三四年三月一八日日蓮宗管長に、また、債務者望月は、同月二〇日債務者山田の選任により、日蓮宗宗務総長に、それぞれ就任したものである。

三  ところで、管長の選任については、日蓮宗の内部規範たる宗憲及び選挙規程の定めるところであるが、その詳細は次のとおりである。

1 管長の任期は四年である(宗憲一九条二項)。任期が満了するときは、管長は、四〇日の選挙期間前に管長選挙の施行を発令し(宗憲一七条三項規程一八条)、任期満了の二週間前までに選挙を行い(規程一六条)当選したものが後任の管長になる(宗憲一九条)。

2 被選挙権を有する者は、権大僧正以上の住職である(宗憲一九条)。候補者になろうとする者は、選挙長に対し、選挙期日の二五日前までに立候補の届出をするとともに、金五〇〇〇〇〇円を供託する(規程二条、一九条)。選挙長には、宗務総長がなる(規程五条)。

3 選挙者は、寺院の住職及び教師たる担任である(宗憲一九条規程一条)。

4 被選挙権ないし選挙権があつても、選挙人名簿に登録されない者は被選挙権、選挙権を有しない(規程一四条)。

5 選挙権、被選挙権があり且つ登録されても選挙人名簿確定の日に停止以上の懲戒せられた者で、まだ分限を回復していない者、または四期以上の宗費を滞納している者は、選挙権、被選挙権を行使することができない(規程三条)。

6 選挙人名簿は、全国七三管区の宗務所長が、毎年四月一日現在により、その管内の名簿二通を作成する(規程八条一項)名簿には、選挙人の氏名、僧籍、生年月日僧階を記載する、(同条二項)。その際、宗費四期以上滞納している選挙人に対してはその旨を通知する(規程一一条一項)。選挙人名簿は、四月一五日から一週間その宗教所において閲覧に供される(規程九条一項)。選挙人は、閲覧期間内に名簿の修正を申し立てることが出来る(同条二項)。宗務所長は、この申立があつた場合、その内容が単純な誤謬の訂正に関するものであれば、直ちに名簿を修正するが、そうでなければ、一週間以内に決定する(同条三項、四項)。この決定については異議を申し立てることができる。この異議は管長が裁定する(規程一〇条)。

7 選挙人名簿は、五月二五日を以て確定するが(規程一二条)この期日に停止以上の懲戒に処せられ、末だ分限を回復していない者、または、宗費四期以上を滞納している者については宗教所長は、名簿中、その者の氏名の右側に朱線を引いて選挙権、被選挙権を行使できないものであることを表示し、これを本人に通知する(規程一一条)。

8 宗教所長は、名簿確定後三週間以内に、したがつて、六月一五日までに宗務院及び選挙長に名簿を一通づつ提出する、(規程一二条)。確定名簿は翌年の名簿が確定するまで有効である(一二条二項)。

9 選挙は、投票により行う。投票は一人一票である(規程二一条)。

10 なお、宗務総長は、管長が選任する(宗憲一七条)。宗務総長は、日蓮宗の代表役員である(日蓮宗規則八条)。

四  前管長増田日遠は、昭和三四年三月一七日限り、その任期満了するので、昭和三四年一月二一日「後任管長の選挙を昭和三四年三月三日に行う」旨を発令した。京都第一宗務所管内の寺院の住職である債務者山田は、昭和三四年二月四日管長候補者として選挙長に立候補の届出をし、選挙期日に無競争で当選した結果、前記のように管長に就任した。

五  しかるに、本件管長選挙の基磯となつた昭和三三年度の選挙人名簿中、群馬、福井中部、富山、山口の四管区を除く六九管区の選挙人名簿には(左記のような規程違反のかどがあつた。

1 昭和三三年六月一五日を経過して宗務院及び選挙長に提出された。

2 選挙権のない者七〇名が記載された。

内訳(イ)作成日以前の死亡、退職者 四四名

(ロ)作成日以後の死亡、退職者六名

(ハ)確定日以後有権者となつた者 一五名

(ニ)その他 五名

3 選挙権のある者九二名の記載がない。

4 選挙権を行使し得ない者四三四名を行使し得るかのように記載された。

内訳(イ)宗費四期以上の滞納者四二〇名

(ロ)重復記載 一四名

5 選挙権を行使し得る者(宗費の滞納がない者)四三名の右側に朱線を引き、選挙権を行使し得ないかのように記載された。

6 誤記 三名

六  このように六九管区の宗務所長が作成提出した選挙人名簿は規程違反のかどがあるから無効である。ところで、元来管長選挙は、全国一選挙区であり、したがつて、各宗務所長の作成提出にかかる選挙人名簿は、その全部が一体のものとして取り扱わるべきである。それゆえ、一部の無効は、選挙人名簿全部の無効を来たすものというべきである。

仮りに、全部の無効を来たさないとしても、六九管区の選挙人名簿が無効となる結果、有権者総数、四二六〇名のうち、宗費完納者二、五一二名は、その選挙権を奪われ、また、被選挙権者六五名の大部分を、被選挙権を行使できないことになつたのである。

かような事態を無視してなされた本件管長選挙の発令もしくは、本件管長選挙は、無効であり、したがつて、債務者山田の当選ないし管長就任は無効である。

七  更に京都第一部宗務所長は、その作成にかかる昭和三三年度選挙人名簿を、閲覧に供さず、規程一一条所定の通知をせず、しかも昭和三三年六月一五日を過ぎてから、これを宗務院及び選挙長に提出したばかりでなく、その内容には、次のような誤りがあつた。

1 選挙権のない者二名を記載した。

内訳(イ)作成日以前の退戦者 一名

(ロ)その他 一名

2 選挙権を行使し得ない者(宗費四期以上の滞納者)三名

を行使し得るかのように記載した。

3 選挙権のある者八六名を脱漏した。

八  このように、右選挙人名簿は、規程違反のかどがあるから無効であり、したがつて、債務者山田は、被選挙権を行使し得なかつたものであるから、同債務者の当選は無効である。

九  加えて債務者山田は、立候補に際し、五〇〇、〇〇〇円を供託しなかつたから、同債務者の当選はこの点からも無効である。

一〇  右のように、債務者山田の管長の当選ないし就任が無効である以上、同債務者の宗務総長の選任行為も無効に帰するから、債権者は、債務者等を相手取り、東京地方裁判所に、債務者山田については、管長の地位にないことのまた債務者望月については、宗務総長の地位にないことの確認の訴を提起したがこのまま放置しておくときは、日蓮宗の権威は失墜し、宗務行政は混乱し、計りしれないほどの損害を被むるほどおそれがある。

一一  よつて債権者は、本件仮処分申請に及んだものである。

(債務者等の主張に対する答弁)

一二 債務者等の主張の第二項1の事実は認める。

しかし、選挙規程三三条が異議手続を定めたことは、債務者等主張のように訴権を制限することを意味するものではない。もし訴権の制限であるならば、それは、憲法第三二条に反する。仮りに債権者等主張のとおりであつたにしても、本件管長選挙において選挙会の設置された形跡はないし、もし、設置されたにしても本件選挙が無効である以上、選挙会の設置も無効なのであるから、異議申立をすることは不可能である。また、審査会の裁決は管長の承認によつて効力を生ずるのであるか、本件のように管長の地位が争われている場合に、管長の公正な態度を求めることは無意味であろう。

一三 債務者等主張の第三項1及び2の事実は認めるが、3の事実は争う。

付則の改正は、選挙人名簿が選挙規程に反し無効であることを前提とし、これを有効にするために行われたのであつて、かかる擬制が不合理であることはいうまたないし且つ、法律不遡及の原則にも反する。加えて、右付則の改正は、立候補の期間経過後になされたものであるから、右改正により、六九管区の名簿が有効になつたとしても被選挙権者が、その権利を行使する余地はなかつたのであり、このことは、債務者山田の当選に重大な影響を及ぼすものというべきである。

一四 なお、佐藤日照が昭和三四年二月六日立候補の届出をしたがその主張の日にこれを徹回したことは争わない。

債務者山田は、口田前宗務総長をして右佐藤に五〇〇、〇〇〇円を交付せしめて、右立候補を辞退させたものであり、したがつて同債務者は、無競争当選を主張しうるものではない。

第二  債務者等の主張

債務者等訴訟代理人は、債権者の本件仮処分申請を却下する、との判決を求め、その理由を次のとおり述べた。

一  債権者の申請理由のうち第一項から第四項の事実は認める。同第五項の事実中以外の事実は認める。昭和三三年六月一五日を経過して提出された選挙人名簿は六二管区である。

同第六項の事実中、管長選挙が全国一選挙区であること、有権者総数が四、二六〇名であることは認めるが、その余の事実は争う。同第七項の事実中、京都第一部宗務所長が、選挙人名簿を閲覧に供しなかつたことは争うが、その余の事実は認める。同第八項及び第九項の事実は争う。

同第一〇項の事実中、本件仮処分の必要性に関する主張は争う。

二  債権者はその主張の本案請求権を行使することはできない。

1  すなわち規程三三条は、日蓮宗内における選挙または当選の効力に関し、選挙人に異議申立権のあることを認めるとともに、宗内所定の機関(選挙会、第一部審査会)による右異議の裁定手続を定めている。

2  右規程は、異議を経ないで、司法的救済を求めることを禁ずる趣旨を含むものであり、換言すれば訴権の制限を意味する。しかるに債権者は、異議の申立をしないのであるから、本案の請求は、すでに、この点で却下さるべきものであり、したがつて、本件仮処分もまた、却下さるべきものである。

三  しからずとして、債権者は、その主張のような被保全権利を有しない。

1  日蓮宗には、最高の議決機関たる宗会(宗憲二四条完規則二四条)の外、その代行機関たる常任議員会(宗憲三一条、宗規則二五条)が存在する。常任議員会は、予算外支出を承認する外、緊急又は非常の場合において、宗制の一部変更を議決することができるが、その変更の効力は、当該年度内に限られる(宗規則三一条)。

2  昭和三四年三月一四日の常任議員会は、右規定に基き、選挙規程附則に「昭和三三年度全国選挙人名簿は、所定の手続により確定し、期間内に提出されたものとみなす」旨の規定を加えることについて審議可決し、同日宗令第三七号として宗内に布達施行した。

3  このような立法がなされたのは、債権者を含む一部の者が、宗団の総意に反し本件管長選挙の実施を妨げようと蔭に陽に策動し、宗団の秩序を破壊しようとしていたからであるがそれは、別にしても、右附則の改正により、昭和三三年度の選挙人名簿の手続上のかしは、ことごとく治癒された。

四  また、たとい、右附則の改正が無効であるにしても、本件選挙、当選、管長の就任には、何等の影響がない。

1  名簿の提出期限の定は訓示規定にすぎない。また名簿の作成確定と、その記載内容の誤りや脱漏あるいは手続上のかしとは、別個の問題である。たとい後者があつたとしても、それは、選挙の発令ないし選挙の無効原因となるものではなく、たんに、当選無効の原因になりうる場合があるというにすぎない。

2  本件選挙当時における被選挙権者は、四八名であつたが、このうち、債務者山田以外に立候補した者はもとより、立候補の意思を表明したものすらなかつた。

3  もつとも昭和三四年二月六日佐藤日照なるものが、管長候補者として届出をしたが、同人は、被選挙権を有しないばかりでなく、同月一〇日には、右届出を徹回した。

4  したがつて、右選挙名簿のかしは、債務者山田の当選に異動を及ぼすものではない。

5  なお、京都第一部宗務所長は、後に補充訂正した選挙人名簿を宗務院及び選挙長に提出している。

五  しからずとしても、選挙規程中名簿の作成確定に関する手続規定は、不合理な面が多い。たとえば、宗費納入については、宗務院財務部に直納する場合と、宗務所長を経由する間接納入の場合があるが、前の場合には、宗費納入の事実と宗務所長に通知するのに相当の日時を要する。そればかりではない。いつたい、宗費四期分以上を納入しない者の選挙権行使を許さないというような規定は、精神的結合を重視する宗団の根本的規範に反するものではないかとさえ思われる。

その他、宗務所には、基本名簿しか在しないこと、しかも確定期日が早過ぎること等のことがあつて、名簿の作成確定手続は誤りなきを保しがたいのである。このため、従来から、選挙規程所定の手続をそのまま行わない慣行が支配的であり、したがつて、右慣習法成立の結果、選挙規程中、これと牴触する部分は、無効に帰したのである。

六  以上、いずれにせよ、本件管長選挙の発令、債務者山田の当選及び管長就任は有効であり、したがつて、同債務者が債務者望月を宗務総長に選任した行為も有効である。

第三  疎明関係(省略)

理由

一  左記事実は、当事者間に争がない。

1  債権者が、日蓮宗に包括される宗教法人妙昌寺の代表役員たる住職であること。

2  日蓮宗内の内部規範たる宗憲及び選挙規程に債権者主張のような規定のあること。

3  前管長増田日遠が、任期満了に伴い昭和三四年一月二一日管長選挙を昭和三四年三月三日に施行する旨を発令したところ、京都第一宗務所管内の寺院の住職である債務者山田が、昭和三四年二月四日管長候補者として選挙長に立候補の届出をし、無競争で当選した結果、昭和三四年三月一八日管長に就任したこと。

4  債務者山田の選任により昭和三四年三月二〇日債務者望月が宗務総長に就任したこと

二  ところで、本件仮処分申請の本案請求は、右管長選挙の発令選挙ないし債務者山田の当選の無効を前提とし、同債務者が管長の、債務者望月が宗務総長の地位にないことの確認を求める点にあるのだが、この点につき、この点につき、債務者等は、右前提問題については、選挙規程の定める異議手続を履践してからでなければ、右本案の請求をすることができず、したがつて、債権者の本件仮処分申請は、この点で却下さるべきであると主張するので、まず、この点について判断する。

1  選挙規程三三条が、宗内の選挙及び当選に関し、選挙人の異議及びこれに対する裁定手続を定めていることは、債権者の認めるところである。

2  選挙規程が、このような規定を設けたのは、たしかに選挙に基いて就任する宗内諸機関の地位をめぐる紛争については、できる限り宗内の自治によつてこれを解決しようとの趣旨を含むものと解されないではないが、さりとて、とくに明文のない以上、かかる紛争については、常に右異議手続によらなければならないものと解することもできないから、債務者の前記主張は、採用することができない。

三  よつて以下、被保全権利の存否について判断する。

(一)  当事者間に争のない宗憲及び選挙規程の各規定及び甲第四号証によれば、管長選挙手続上、選挙人名簿は、次のような意味ないし効力をもつものと解される。

1  管長は、その任期が満了するときは、後任者を選定するため、選挙の施行を発令するが、(宗憲一九条、一七条)この場合、管長は、選挙規程一六条(「選挙は、任期満了の二週間前までに行う。」)。一八条二項(「選挙の期間は四〇日とし、この期間前に発令しなければならない。」)によれば足るのであつて、選挙人名簿の有無ないしそれが有効か否かは、選挙の発令とは無関係である。

2  宗務所長が、毎年四月一日現在で作成する選挙人名簿は、五月二五日をもつて、自動的に確定する(規程八条一項、一二条一項。)したがつて、四月一日現在で作成された選挙人名簿がある以上、確定選挙人名簿がない、ということは考える余地がない。

3  確定した選挙人名簿は、後に述べるように、各人の選挙権、被選挙権を決定するための一つの基準になるにすぎない。すなわち、選挙権を有するものは、住職及び教師たる担任であつて(規程一条、宗憲一九条一項―実体的要件)、且つ選挙人名簿に登録されたものである(規程一四条一項、―形式的要件)。また、被選挙権を有するものは、権大僧正以上の住職であつて(宗憲一九条一項―実体的要件)、且つ選挙人名簿に登録されたものである(規程一四条一項―形式的要件)。

選挙権、ないし被選挙権を有するか否かは、右の基準によつて、各人毎に決定される。したがつて、たとい、選挙人名簿に登録されていても、実体的要件を欠くものは、選挙権もしくは被選挙権を有しない。その意味で、その登録は無効であるが、同時に、登録の無効は、他の登録の効力に影響を及ぼさない。また、実体的要件を充足しながら形式的要件を欠くものについては、登録の無効、したがつて選挙人名簿の無効ということを考える余地がない。このようにいうことは、実体的要件の軽視を意味するものではない。

いつたい、宗務所長は、四月一日現在において、実体的要件に該当するもののすべてを選挙人名簿に登録することがのぞましい。

選挙規程中、選挙人名簿の閲覧や異議申立に関する規定は九条、(一〇条)、まさに、右の理想を実現するための手段であろう。しかし同時に、選挙規程が、各の規定を設け、とくに異議申立期間を制限し、(九条五項)、一律に五月二五日で選挙人名簿が確定するものと定め(一二条)、わざわざ「名簿に登録されない者は、選挙権、被選挙権を有しない。名簿に登録された者で名簿に登録されることのできない者も同様である」(一四条)と規定しているのは、実体(規程一条宗憲一九条により選挙権、被選挙権者とされる者)と形式(登録)との問にそごがありうることを肯定しているものということができる。そしてまた、このゆえに、選挙権、被選挙権の有無は、前記のように、実体、形式の両要件はてらし、各人毎に決定さるべきもの―いいかえれば、両者のそごは選挙人名簿の効力に影響をきたさない―と解することができるのである。

4  選挙人名簿確定の日に停止以上の懲戒に処せられた旨で、まだ分限を回復していないもの、又は四期以上宗費を滞納している者は、選挙権及び被選挙権を共に行使することができない(規程三条)。選挙権、被選挙権行使の制限は、右につきる。したがつて、宗務、長が選挙規程一一条に反し、選挙人名簿中右の要件に当らないものの氏名の右側に朱線を施したからといつて、その者が、選挙権、被選挙権を行使することができなくなるわけではないし、また、逆に、右の要件に当るものについて、宗務所長が選挙人名簿中そのものの氏名の右側に朱線を引かなくとも、その者が、選挙権、被選挙権を行使ししうるようになるわけではない。

5  その他、選挙人名簿の閲覧、異議に関する規定違背も、選挙人名簿の効力――すなわち、ある選挙人名簿を選挙権、被選挙権の有無を決定する基準として用いることができるかどうか――に影響を及ぼすものではない。ことに、確定選挙人名簿を六月一五日までに、宗務院及び選挙長に提出すべき旨の規定(規程一三条)は、訓示規定と解される。

6  選挙は、対立候補者のいる場合は投票によるが、この場合、投票は一人一票である(規程二一条三一条)。

7  これを要するに、実体と形式のそごや選選人名簿に関する手続規定の違背は、選挙人名簿の無効をきたさない。もつとも、登録の無効や手続規定の違背は、選挙の結果に異動を及ぼすおそれのある場合に限り、その選挙の無効原因になるものと解される。

(二)  さて、以上のような解釈によつて、債権者が、その申請理由五において主張するところを検討すれば、次のようになる。

その1は訓示規程違背にすぎない(規程一三条)。

その2は登録の無効である(規程一四条)。

その3は選挙規程の違背にならない。

その4の(イ)は手続規定の違背になる(規程一一条)。

同(ロ)は、いずれか一方の登録は無効に帰する(規程二一条)。

その5は手続規定の違背である(規程一一条)。

その6は選挙規程に反しない。

そうして、右登録の無効及び手続規定の違背は、もとより本件管長選挙の発令を無効にならしめるものではないし、また、本件選挙人名簿の効力とも無関係であり、ただそれが、選挙の結果に異動を及ぼすおそれのある場合に限り、本件管長選挙の無効原因になるにすぎない。

しかるに、債務者山田は、本件管長選挙に無競争で当選したものであつて、その際、投票が行われなかつたことは選挙規程三一条(甲第六号証)及び本件弁論の全趣旨に徴し明らかであるから、右のような登録の無効ないし手続規程違背の結果、対立候補者になることができなかつた者がいるような場合は別とし、しからざる限り、選挙の結果に異動を及ぼすおそれのないことは明らかである。本件において、前記登録の無効ないし手続規定違背のために管長候補の届出をすることができなかつた者が存在したことについては、これを疎明するに足る何等の資料もない。もつとも、昭和三四年二月六日佐藤日照が、管長候補の届出をしながら、同月一〇日これを徹回したことは、当事者間に争のないところであり、右徹回までに、同人の供託金還付をめぐり、佐久間智周、山田一光あるいは宗務当局との間に多少のいきさつがあつたことは本件弁論の全趣旨により成立を認める甲第九五号証の一、二、第九六号証ないし第九九号証によりうかがい得ないではないが、右はむろん登録の無効ないし手続違背とは無関係であるばかりでなく、前記立候補届出の徹回は、究極的にいつて、宗門の平和をのぞむ佐藤自身の発意に基くことは、本件弁論の全趣旨により成立を認める乙第九号証により一応認めることができる。

したがつて、前記登録の無効及び手続規定の違背は、その余の点を判断するまでもなく、本件管長選挙の無効原因にならないものというほかはない。

(三)  進んで債務者山田の管長当選の効力について考察する。

1  前記選挙規程ないしその解釈によれば、債権者が、その申請理由七において主張するところも、ひつきよう、手続規定、訓示規定の違背及び登録の無効に帰するのであり、したがつて、京都第一宗務所長作成にかかる昭和三三年度選挙人名簿の無効をきたすものではないから、右のかしは、債務者山田の被選挙権の有無ないしこれを行使しうるか否かに全く影響を及ぼさないものといわなければならない。

2  選挙規程二条二項によれば、管長立候補者は、届出と同時に五〇〇、〇〇〇円を宗務院に供託しなければならない。しかし右規定の違反は管長当選の効力を左右しないものと解されるばかりでなく、本件において、債務者山田が本件管長選挙の立候補届出に当り五〇〇、〇〇〇円を供託しなかつたことを疎明すべき資料は全くない。

3  その他債務者山田が被選挙権を有しなかつたことないしこれを行使し得ない事情の存したこと等同債務者の当選を無効ならしめる原因のあることについては、債権者の主張も疎明もなく、むしろ、成立に争のない甲第五号証の一、乙第二〇号証及び本件弁論の全趣旨によれば、債務者山田は、権大僧正以上の住職であつて京都第一宗務所長が作成した昭和三三年度の選挙人名簿に登録されており、したがつて、被選挙権を有していたこと及び同債務者に被選挙権を行使し得ない事情のなかつたことがうかがえる。

四  以上説示のように本件管長選挙の発令、本件選挙及び債務者山田の当選を無効とする債権者の主張は、いずれもこれを採用することができないから債権者は、その主張のように債務者山田が管長の地位にないことの確認を求める余地はない。

したがつてまた、債務者望月が宗務総長の地位にないことの確認を求めることもできないものというほかはない。

これを要するに、債権者の本件仮処分申請は、被保全権利についての疎明がなく、また保証をもつてこれに代えることも適当でないから、その余の判断を省略し、右申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 長谷部茂吉

裁判官 上 野  宏

裁判官 玉 置 久 弥

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